今なにをしていますか

脱サラして2年目に入ったが収入のあては依然厳しい。ぼんやり真昼間ベッドに横になり窓から雲などを眺めていると、不安に包まれるだけではなく怖い。光陰矢の如し、まさにここ10年などあっという間に過ぎてしまった。こうなるとこの先10年なども同じであろう、いったいその時何をしているのであろうか。

無職になると、たしかにある意味気は楽である。しかし何かの集まりなどに顔を出さなければならない時などは、当然であるが「肩身が狭い」そして今になってひしひし思うことは、自己紹介とは今何の仕事をしているかであることである。

お互い名を名乗れば「今何をしていますか」と続くのが自然な流れである。またその仕事によって最初のふるいにかけられて、そして家族の話だろうか、上の子がいまいくつで・・・。ようするにアウトローを気取っていると本人は気にしなくても社会は受け付けてくれない、というよりそんな人間との接触法がよくわからないのかもしれない。

いくら気の利いた趣味を持っていても、相手が「無職」だからとなれば、うわべだけの付き合いとはいえけっこうむずかしい。早く言えば無職の人間となど、かかわりあいたくないである。また日ごろ理不尽な人間関係に悩み、がまんをかさねる「社畜」たちには働きもせずのうのうとしているに人間が許せなくもあり、また風雪に耐える毎日を送る自分たちは、人間としても練られている、といった優越感もあるのでしょう、この僕がそうだったのでよくわかります。

こういった話は風俗関係で働いておられる方にも言えるのではないだろうか、風俗とは言えども立派な仕事であるし、仕事として成り立っているのも社会が必要なものとして認めているからである。しかし裸一貫毎日勝負です、などと改まった席で言えるものではない、だから仕事として割り切っている方、あけっぴろげにしているわけではないがプライドをもって励んでいることを公開されているようなコンテンツは面白い。

お金のためには何をしてもいいのか、などと言って卑下するような風潮は多分なくならないのであろうが、お金を払って欲求を満たす人間だっているのである。札幌でチャットレディとして働きお金を稼いでいる主婦のコンテンツがとても面白かった

こういったアルバイトはやっぱり女性専門なのであろうか、簡単な仕事は山ほどあるが、高収入となると話は変わってくる。チャットレディではないが時給4200円と宣伝されていてもこんな時給で収入を得ようとするなら、それなりのパフォーマンスが求められてくることも知った。そしてとてもチカラをもらうことが出来ました。